大嫌いだったピアノの練習

私は、お父さんが、クラッシック好きで、将来私を、音大に入れようと、3歳のときから、ピアノを習いにいきました。
最初は譜面が読めないので、シールを貼ってひいていた記憶があります。
お母さんが付いてきて、ここは、つぶを、揃えて、とか、スラーで、弾くとか、かいて帰ってました。

 

ところが当人は、大のピアノ嫌いで、毎日1時間の練習が、苦痛でたまりませんでした。
ある日、練習をサボると、ちゃぶ台の前に座らされて、大きくなって、どんな人が、見初めてくれるかわからない。
そんな時、お金持ちに見初められたら、女姉妹がいたら、ピアノを必ずならっているから、私にも1曲弾いてごらん言われたときに恥ずかしい惨めな思いになるでしょと、説教され、しぶしぶ習っていました。
YAMAHAピアノ買取

 

私の先生は、基本ばかりの練習で、知っている、曲を弾かせてくれません。
発表会のときにどうにか1曲習う程度です。
それで、ソナチネを終了して、ソナタに入ったときに、勉強して、いい大学はいるから、ピアノはやめさせて欲しいといいました。
それで、学校を選んだのです。

 

私が保育園に通っていたころ、担任の先生は母と同年代のきれいな先生でしたが、とっても厳しい先生でした。
ある日、その先生が母に「この子はリズム音痴だから、私が保育時間以外に私がピアノを教えてあげる」と言ったそうです。
それをきっかけに当時かなり生活は苦しかったようですが、ローンでピアノを買ってもらい、狭い小さな2Kの公団住宅に真っ黒のピカピカのピアノが我が家にやってきました。

 

家族4人で私と弟の2段ベット、私の机、洋服ダンスに、引き出し、いったいどうやってこの狭い部屋におさまっていたのか、不思議でした。
それでも、うれしくて自分がリズム音痴なんて当時の私は知るはずもなく、小学生になってもその厳しい保育園の先生にピアノを習っていました。
とっても厳しくて、間違えるとパチンと「この指が間違ってるのよ!」としかられます。

 

だんだん自分で間違いそうになると自然に指が止まってしまうようになりました。
するとまた、パチン。
先生もなんとか私がピアノを弾けるようにしてあげたい、という思いでいっぱいだったようです。

 

おかげで、いつも音楽の通知表は4か5でした。
厳しかったあの先生、今はどうされているのでしょうか?。